私が「難民支援の現場」で見たもの…ソーシャルサイト立ち上げの原点|神村 昌志

2008年8月、私はレバノンにある国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)にいました。
同年4月に当時社長を務めていた会社を退任した際に知人から、「今後もいわゆる一般企業でビジネスの世界で生きるのか?これまでの経験などをふまえて「公なる仕事の世界」に身を置いてみる気はないか?」と問われました。
そこで紹介されたのがレバノンのUNHCRに勤務している日本人の方でした。

さっそく彼に連絡を取り、事務所で2週間ほどのインターン的な仕事(もちろん無給)をさせて頂くことをお願いし、快く了承していただきレバノン・ベイルートに赴きました。

国内外の紛争によって難民となることを余儀なくされた人々の現実と、彼らに対する様々な支援活動を行っている国連機関をはじめとしたNGO/NPOなどで働く人々の姿をこの目で見て体験することができました。

その時の私の体験と、今につながる思いについて記したいと思います。

テレビの向こう側の世界の現実

私にとって、「難民」は言葉でのみ知っていることであり、テレビの向こう側の世界でしかありませんでした。「かわいそうだな」という陳腐な感情でしか表現できないくらい自分とは無関係の出来事に過ぎませんでした。
レバノン滞在中私がまず目にしたのは、UNHCR事務所に毎朝何十人も列を作ってやってくるイラクからの難民たちでした。レバノンへの一時的滞在許可、あるいは難民認定などの手続きを求めてやってきているのです。同席させていただいたヒアリングでは、住居・家族・職を失い生きるすべを無くすまでの悲惨なストーリーを何件も聞きました。しかしながら、彼ら全てに「難民認定」などが下りるわけではなく、その多くは「却下される」という現実もありました。詳しくは分かりませんが、「審査基準」があり、「証明する証拠」がいくつも求められているようでした。
スタッフの方々もその選別作業において様々なストレスなどを抱えていらっしゃるようでした。

 

戦争で心に傷を抱えた子供たち

難民キャンプ支援施設を訪問させていただきました。親を失い、教育機会を奪われた子供たちのケアをしている機関です。子供たちは思いのほか元気そうで、笑顔もたくさんありました。これは想像外でした。しかしながら、本当の問題は彼らの心の傷なのだと教えて頂きました。
それを象徴するのが、彼らの書く絵です。爆弾や、戦車が描かれていたり、火の手を表す赤色で塗りたくられた絵であったり。
施設に勤務するカウンセラーさんからは、この傷が癒えるまでの期間やケアのあり方についての説明を受けました。そして、この子たちの一部は大きくなって戦地に向かうことになることも。まさに負の連鎖であり、これを断ち切ることができていない世界の現実がそこにありました。

国際NPO/NGOで働くプロフェッショナル人材

UNHCRの活動を草の根で支えるNPO/NGOの方々のとの年次ミーティングにも参加しました。そこで出会った人たちはみなさんプロフェッショナルでした。
私はそれまで、そういう活動はボランティア=無給の奉仕活動として行われているのだと思っていました。それは全く見当違いだったことを知りました。国際法務・会計から始まって、教育・心理学・社会学などの専門分野や、PR・マーケティングの専門家までいらっしゃいました。つまり、「活動実績を上げ、それを可視化し、PRし、資金を集め、収支を明確に公開していく」という、まるで一般企業と同じような仕組みで動いているのです。これには本当にびっくりしました。そして彼らの年収は驚くほど高いと言うことも知りました。

わずか2週間の体験で全てがわかったわけではありません。
ただ、「自分には無理だ」「ここで活躍する人材にはなれない」と思ったのは正直な気持ちでした。あまりにもレベルが高いと感じてしまったのです。

一般企業・ビジネスの世界で生きて行こうと決めました。
そして、「企業として公的使命を果たす」ことを事業の前提において経営していこうと決意しました。
① 関心を持つ(社内でもことあるごとに「社会的使命」「社会活動」に関する話をする)
② 応援する(自分が活動に参加できなくても、活動している人を応援することならできる)
③ 行動する(小さなこと、自分でできることをやる、百聞は一見に如かず)

以来モンゴルのマンホールチルドレンの救済支援の活動を視察にモンゴル現地に行ってみました。社会起業家と呼ばれる方々の活動を聞いたり、ディスカッションしたりする場にも参加してきました。
「企業・社会活動団体・個人」が垣根を超えて支え合うことの重要さをひしひしと感じながら、現在に至ります。

Trinita for Socialは「社会貢献事業に携わる方々の苦労や努力を世に広め、応援する」ことから始めるという思いでスタートしました。スポーツクラブの持つ情報発信力がその一助になることを確信しています。地域を超え、スポーツ種目の垣根を超え、みなでこの輪を大きくしていくことを「志」として活動していきたいと思っています。

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